
上高地を「きれいな場所」と一言で片付けるのは、少し違う気がする。
穂高から川面を滑り降りてくる冷気は、時に肌を突き刺し、指先をかじかませ、震えすら止まらなくさせる。
その厳しさを身体で受け止めた者だけが辿り着ける、特別な目的地。
「もう二度と来るものか」と毎回思うのに、麓に降りればまた次の計画を立てている。
なぜ人はそこまでして、この寒さの先に還ってきてしまうのか。
この目的地に隠された「プレゼント」について、少し話をしましょう。
穂高の洗礼という「対価」

指先がかじかみ、震えが止まらない。 「……もう辛いから、来るのやめようかな(笑)」 そんな弱音を吐きたくなるほどの冷たさだ。
だが、その冷気が肌を刺した直後、山肌が息を呑む色彩に染まる。 あれだけ辛い思いをして登る富士山の来光に比べれば、ここはまだ甘いもんかもしれない。 それでも、この冷たさと引き換えに贈られる景色がある。 あの「プレゼント」があるから、結局また此処へ還ってくるのだ。
「秋口などは、夕方の山から下りてくる冷気はかなりキツイが、この時期だからこそまたきてしまうのが不思議ですね?」
上高地という場所の「正体」
本当のところ、ここは歩くための場所であって、賑わいを求める場所じゃない。
ただ、長い距離を歩き終えて、バスターミナルが見えてきた時の安堵感は格別だ。
あそこには、この厳しい自然の中に無理やりねじ込まれたような、いわば「街」がある。
売店の灯りや、誰かの話し声。穂高の圧倒的な沈黙から戻ってきた人間にとって、あの喧騒は救いそのものだ。
「……はあ、ようやく人心地つけたか」。思わず口をついて出る独り言。結局、山を歩くときだって、人恋しさがどこかにあるんでしょうね。
河童橋、あるいは「街っぽい」聖域

特筆すべきは、やっぱり河童橋周辺。
ここは上高地で一番「街っぽい」場所と言っていい。
五千尺ホテルの売店に、ルミエスタのショップ。山登りの格好をした人間が、ソフトクリームを頬張ったり、パンの香りに釣られてカフェに吸い込まれたりしている。
「ソフトクリーム? この気温で?」とツッコミたくなるけれど、不思議と自分も並んでしまうのが上高地の魔力だ。
あの光景を横目に、冷えた指先で温かいコーヒーカップを握りしめる。この「売店の軒先」という文明の利器があるだけで、上高地は途端に人間味を帯びてくるから面白い。
日常のリアルを噛みしめる
河童橋を背にして見る穂高もいいが、売店に並ぶお土産や山グッズを眺める時間は、また別の意味で面白い。
地元工芸品や、いかにもな山土産。「これ、本当に街で使うのか?」なんて思いながら、手に取ってしまう。
自分には関係ないと思っていたそれらが、歩き疲れたあとには、やけに魅力的に見えるのだから不思議なものだ。
山道具に囲まれてカフェでひと息つく。上高地という非日常の中で、こうして「日常の延長」を消費している自分。
……その歪なバランスを楽しんでいる時点で、結局、自分もここの空気に完全に毒されているのかもしれない(笑)。
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なぜ、また此処へ還ってくるのか

結局のところ、穂高の冷気も、バスターミナルの喧騒も、この「聖域」という目的地が持つ二面性に他ならない。 厳しい自然に身体を晒し、その後に文明の温かさに触れる。 この極端なコントラストこそが、私が上高地に何度も足を運んでしまう「答え」なんだと思う。
「まあ、次回来る時はもう少し楽なルートを探そう」。 そう心の中でボヤきながら、カメラをバッグにしまう。 完璧な目的地なんてない。ただ、またこの「プレゼント」を受け取りに還ってくる。それで十分だ。
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