
品川駅から京急線の快特に飛び乗り、横浜を過ぎたあたりで車窓に海が見え隠れし始めると、心のギアが一段切り替わるのを感じます。横須賀中央駅の改札を抜けた瞬間に鼻をくすぐるのは、都会の排気音ではなく、重厚な潮の香りと、どこからか漂ってくる香ばしい肉の焼ける匂い。
ここは「横須賀」。明治から続く軍港としての顔と、戦後のアメリカ文化が色濃く沈殿した、日本で最もエキゾチックな街の一つです。今日は、メインストリートの喧騒を少し離れ、レトロな看板とジャズが流れる「どぶ板通り」から汐入へと抜ける、五感を揺さぶるリトリートの旅へ出かけましょう。
どぶ板通り、その名に宿る「街の誇り」

横須賀中央駅から歩くこと数分。色鮮やかなスカジャンや英語のメニューが並ぶ一角に差し掛かると、そこが有名な「どぶ板通り」です。
「ねぇ、なんでこんなにおしゃれな雰囲気なのに、名前が『どぶ』なの?」 初めてこの街を訪れた友人は、不思議そうに路地を見渡して尋ねます。確かに、今の洗練されたカフェやバーが並ぶ様子からは想像もつきませんが、その名の由来は驚くほど実用的です。
かつてこの通りの真ん中にはドブ川が流れていました。それを解消するために、海軍工廠から提供された厚い鉄板で川に蓋(板)をしたのが「どぶ板通り」の始まりです。「お兄さん、ここの『板』はね、ただの蓋じゃないんだよ。街を動かすための知恵だったんだ」と、通りで長く店を構える店主が教えてくれました。戦後、米軍兵士たちが肩を並べて歩いたその板は、異文化が激しく混ざり合うための「ステージ」だったのかもしれません。
なぜ私たちは「この異国感」に惹かれるのか
どぶ板通りを一歩進むごとに、日常の境界線が曖昧になっていくのを感じます。頭上にはためく星条旗、ドル表記が並ぶカフェのメニュー、そしてすれ違う水兵さんたち。
都会の「整いすぎた」景色に少し疲れた時、私たちは無意識にこうした「雑多で自由な空気」を求めてしまうのかもしれません。ここでは、完璧なマナーよりも、大きな声での笑い声や、カウンター越しに交わされるラフな挨拶がよく似合います。「ここに来ると、ちょっとだけ自分も強くなれた気がするんだよね」。そんな風に語るリピーターが多いのも、ルールに縛られない、少し「はみ出した」エネルギーが、私たちの心を解きほぐしてくれるからでしょう。
【体験】背中で語る、スカジャン職人の魂

商店街を歩いていると、ひと際目を引くのが、光沢のあるサテン生地に鮮やかな刺繍が施された「スカジャン」です。その発祥はこの横須賀。戦後、駐留していた兵士たちが、自分のジャケットに日本らしい刺繍を入れて持ち帰った「スーベニア(お土産)ジャケット」が始まりです。
店内に一歩足を踏み入れれば、そこは色鮮やかな糸の迷宮。「この刺繍、全部手描きのように一針ずつ進めるんだよ。機械には出せない『うねり』があるんだ」と店主が誇らしげに語ります。緻密に重ねられた刺繍の凹凸を指先でなぞってみる。それは、数十年という時間を超えて受け継がれてきた「魂」に触れるような体験です。自分だけの一着を探し、鏡の前で袖を通してみる。その瞬間、あなたはただの観光客ではなく、この街の物語の一部になったような気分を味わえるはずです。

【グルメ】対面販売の温もり。バーガーを待つ贅沢

どぶ板通りを歩けば、どこからともなく漂ってくる肉の焼ける香ばしい匂い。米海軍から提供されたレシピを忠実に守り続ける「ヨコスカネイビーバーガー」は、味はもちろん、その「待つ時間」こそが醍醐味です。
注文を受けてからパティを焼き始めるため、店内にジューシーな音が響き渡ります。「はい、お待たせ!火傷しないように気をつけてね」と、カウンター越しに渡される大きなバーガー。そこには、効率重視のファストフードにはない、作り手との「体温が通ったやり取り」があります。古びたジュークボックスから流れる古い洋楽をBGMに、冷えたコーラを飲みながらバーガーを待つ。そのひとときこそが、日常の忙しさを忘れさせてくれる、何よりのスパイスです。

【絶景】軍港の静寂とバラ。明日への元気をチャージ

どぶ板通りの賑わいを抜け、汐入駅方面へ向かうと、フランス庭園様式の「ヴェルニー公園」が広がります。ここで目にする景色は、世界中のどこを探しても見つからない唯一無二のものです。
手前には繊細で色鮮やかなバラの花々が咲き誇り、そのすぐ先には、鈍色に光る巨大な軍艦や潜水艦が静かに海に浮かんでいます。鉄の塊である軍艦と、可憐に咲くバラ。そして、それを見つめ「見て!おっきな船!」とはしゃぐ子供たちと、それを見守る家族の笑顔。一見バラバラなこれらが、横須賀という街では不思議と調和しています。夕日に染まる軍港を眺めていると、「日常に戻っても、また明日から頑張ろう」という静かな活力が湧いてくるのを感じるはずです。
Google Mapはコチラです。
横須賀1日満喫コース:歩き方とアクセス

この街を遊び尽くすなら、「横須賀中央駅」から入り「汐入駅」から帰るルートがベストです。
- 11:30:横須賀中央駅 着(三笠通りを抜け、どぶ板通りへ)
- 12:30:ネイビーバーガーでランチ(対面販売の温もりを楽しむ)
- 14:00:どぶ板通り散策(スカジャン職人の技に触れ、レトロな看板を撮影)
- 16:00:ヴェルニー公園(バラと軍艦のコントラストに癒される)
【アクセス】 品川駅から京急本線「快特」で約45分。「横須賀中央駅」と「汐入駅」の間は徒歩で約15分ほど。迷路のような路地をあえて迷いながら歩くのがコツです。

まとめ:不器用で温かい、横須賀という「贈り物」
汐入駅のホームに立ち、電車を待つ頃には、背筋が少し伸びていることに気づくはずです。どぶ板通りのタフな空気、職人のプライド、そして公園で見た優しい夕景。横須賀は、少し無骨で、けれどどこまでも人間臭い温かさに満ちた街です。
都会のスピードに少し息切れしそうになったら、またこの街の鉄板を鳴らしに来てください。パスポートはいりません。ただ、大きな口でバーガーを頬張る準備だけ。
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